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患者さんとの思い出話
ほんとに勝手なこと書いてます。 
ここに出てくる患者さんの年齢、性別、経過などは
プライバシー保護のため多少変更しております。

「ある知的障害者の奇跡」
 
 
 皆さんは知的障害の人に会ったことがありますか?街中や電車、バスの中などで奇声を上げている人や、会話でコミュニケーションを取れない人を見たことがあるでしょう。
 
 多くの方は最初「あの人おかしい、怖い」などの印象を持つと思います。

 精神科での正式名称は
精神発達遅滞といい、全人口の1%はいると言われております。現在の社会で仕事をして生きていく為に、必要な能力を知能というのですが、それを各年齢で補正を掛け、数値化し、精神年齢を肉体年齢で割ったもの(20歳の知能を100とする)を知能指数IQと呼んでおります。

 ゆえにIQが低いと社会生活(一般での就労)は難しいということになり、精神発達遅滞=知的障害とはIQが70以下と定義
されておりおります。重度な子供ほど早い時期に顕著になるんですね。

 全体の85%がIQ50〜70の軽度の方で、小学校に通い始めてから分かる方がほとんどです。(IQが50ということは10歳程度の知能ということになります。)性格的には発達障害を合併することが多く、話をすれば素直な子供です。実際外来でもオアシス的な存在になる患者が多いですよ。
 
 原因としてはダウン症などの染色体異常や未熟児、出産後のてんかん発作や頭部外傷などで起こるといわれており、基本的には一生治らないものです。

ですからハンディキャップを持ちつつ、両親が生きている間に、どのように社会に適応していくかが勝負なんです。


今回はそんな患者さんとその母親の話です。
 
 
 その患者さんは40歳台の男性で、高齢の母親と伴に受診しました。出産時に未熟児であり、その後の発育も遅滞、幼児期のIQは40以下で精神発達遅滞としては重度のレベルで、他人とコミュニケーションがうまく取れませんでした。今回病院を受診した理由は体重減少で、内科的に色々検査しても異常がなく、精神的なものではないかと受診されました。
 

 母親の話によると子供の頃から徹底して暴力を振るったり、大声を出さないよう教育したのだそうです。

小学校の時から特殊学級で、その後は母親の知り合いの経営している養護施設に通いました。さらに母親もその養護施設に勤務し、何年か知的障害についての勉強をし、そこの理事まで任されるようになったそうですから、たいしたものです。

かといって息子を特別扱いすることなく、
逆に人一倍厳しく接していたそうです。
 

 そこに通いだしてから10年くらい経って息子さんに一般企業就職の話がきました。

通常IQ40以下だと、他人と言語による
コミュニケーションが難しいため
社員の多い一般の企業はまず難しいです。


でも両親にしてみれば、こんなに嬉しいことはありません。
作業所では無く、一般企業の障害者枠というのは、
最低賃金が貰えます。
それと年金を合わせれば、経済的には
一人の力で生きていくことが出来るんですから・・・・


喜んでお願いすることにし、何と母親も今の理事の仕事を辞めて同じ企業に経理の仕事で勤めることにしたんです。息子さんに対する愛情の深さに感動しました。
 
 

 仕事の内容は自動車工場の塗装の仕事です。簡単な作業なのですが、知的障害の彼にとっては非常に時間がかかるものでした。

でも
工場では一番朝早くに出勤し、
まずは職場の掃除、終わるのも一番遅かったそうです
天候や体調が悪い日も一日も休まずに・・・・

こういう愚直で不器用な所が知的障害、
発達障害の魅力的な特徴でもあるんです。
 
 コミュニケーションが取れないにも関わらず真面目なところが工場の従業員には好かれ、
驚くことに一度も対人関係でトラブルを
起こすことがなかったそうです。

一般的に知的障害の患者さんはストレス耐性が低く
少しのストレスでも身体症状をきたしたり、
意識消失発作やうつ状態になったりして、
作業所や養護学校でも途中で行けなくなる
ケースが多いんですよ。




 工場に勤め7年が経ちました。相変わらず休まず真面目に通っていたのですが、
最近になって、体に痣を作ってきたり、
顔に判子や落書きをされて帰ってくる
ようになったそうです。

何度も両親が、会社の社長に、理由を聞きに行ったそうですが、本人が上手にしゃべれないため、事実関係は解りません。辛いのであれば辞めてもらっても構わないとの返事でした。
 

実際は同じ職場の過去にリストラされた中年の男性から、
「何故お前みたいな奴に、仕事があるんだ?」

と暴力を受けていたそうです。


 本人はそのことを誰にも言いませんが母親にしてみれば心配でしょうがありません。色々考えた挙句、精神的に体重が減ったのであれば、ストレスから来ていると診断書を書いてもらい、しばらく病欠させたいと申し出がありました


でも本人はニコニコしながら、
休まずに会社に行くことを選択したのです。
 

 それを聞いて母親に
「本人が行きたいのであれば、
 このまま行かせてはいかがでしょう?」

と提案しました。


「通常、そんなにストレスがかかれば何か
 身体症状をきたしたり、うつになったりして、
 行きたくなくなるはずです。
 でも彼はひどい暴力にも負けず我慢して
 会社に行こうとしているんです。

 それはあなたが、今まで長い時間をかけて、
 彼に教えてきたことではないんですか?」



その後・・・その母親は目に涙を浮かべ・・・
しばらく黙り込んでしまいました


 
 おそらく僕が言うまでもなく、頭では解っていたんだと思います。生まれつきハンディを背負いながらも厳しい世間から受け入れられるように熱心に根気よく教え、ストレス耐性を強くしていったんでしょう。

 
ここまで来るのに、この親子がどれほど苦労したか・・・
 母親は本物の育児をしたんだと思います。
 自分が先に死んで、居なくなっても、
 この子が困らないように・・・・




でも実際こんなに頑張っている自分の息子が、辛い目にあっているのを目の当たりにして、母親としては黙って見ていられなかったのでしょうね。その気持ちも痛いほど良く解ります。
 

 結局、簡単な診断書は書くことにしましたが、会社にそれを出すかはもう一度考えるようにしてもらいました。もし病欠で長期に休めば、また戻る時に一苦労ですし、もうこんなチャンスはないかもしれません。しばらくすれば暴力も止むのではと思うのですが、ひどくなれば警察を入れるように勧めました。


 
 その親子とはそれきりだったので、その後どうなったかは解りません。知的障害に限らず、自閉症や小児期から精神疾患を患っている患者さんというのは、周囲の人の対応で予後が大きく違います。今回のように会話が出来ない程の精神発達遅滞で一般企業に就職したというのは非常に稀なケースです。

 
「うちの子は皆と違うから、可哀相だから」と
抱え込んでしまう母親も多いのですが、
知的レベルが正常の人でも、そのような
守られた環境で何年も過ごすと、
いわゆる引きこもりとなり、親が亡くなった後、
社会に適応するのは非常に難しくなります。
 

先天性の疾患、発達障害にも言えることですが、
早期に治らないことを自覚し、
出来るだけ早い時期からその子のペースで勉強させ、
色々な所に行かせ社会性、特に対人関係というの
を身につけさせることが大事です。

(これを「療育」と呼んでおります。)

その子を一生ずっと親が面倒見れれば良いのですが
現実はそうは行きません。
逆に親が生きている間に、どんどん外に出して、
その子が一人で自立して生活できるレベルまで
サポートすることが、親として一番大事なこと、
つまり「育児」なのです。




そう考えると彼の母親がどんなに頑張ったのか・・・・
こんな素敵な親子に出会えたことに感謝です・・・
私も一生忘れないと思います。


 
皆さんも周りの知的障害の患者さんを見たら是非考えてほしいです。
彼らには、皆子供の頃から大変な想いをした過去があり、
そしてその裏には物凄く頑張っている親がいるはずですから・・・・
「育児」という愛情を糧に・・・


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